被爆78周年を迎えて


8月6日、広島は80周年の「ヒロシマ」の日を迎えました。

1945年8月6日。

広島は一発の原子爆弾により「広島」から「ヒロシマ」へと変わりました。

先の大戦で熊野町は昭和19、20年の2年間で108回の警戒警報、60回の空襲警報が発令され、特に昭和20年3月8日には深夜0時50分頃、B29型機の爆撃(爆弾10個)を受け、特に大きな被害を受けました。

1945(昭和20)年8月6日、8時15分。
 …広島市中心部に1個の原子爆弾が、人類史上初めて投下。

熊野町は爆心から10km以上離れており、また四方を山に囲まれていたため、直接的な被害はありませんでしたが、爆風は熊野町まで届き、建物のガラスなどが破損したという記録が残っています。

80年もの年月が経ち、被爆者は高齢化が進み、広島で観光客や修学旅行生に被爆の証言を語る「語り部」も減少し、いわゆる「生き証人」が「生きた証言」をする機会が減っています。

21世紀に生きる私たちが「平和」を語り続けることを忘れてはならない時代になっています。

現職合衆国大統領として史上初めて、オバマ大統領(当時)が広島を訪れたのは9年前。唯一の核爆弾を投下した国の元首が、唯一の被爆国で被爆地である日本・広島への訪問が実現しました。この訪問が、今後の核廃絶への道となることへの期待の高まりとなりました、あれから9年。さらに令和5年5月、被爆地・広島に初めて核保有国であるアメリカ・イギリス・フランスを含めた先進7か国首脳が集まり第49回先進国首脳会議(G7広島サミット)が開催されました。それに合わせ、招待国として核保有国であるインド首相も加わりました。

令和4年2月24日。ロシアがウクライナに侵攻しました。世界が自制を求めながらも、すでに開戦から3年が経過しました。

そして、そのような中で世界が平和を願いつつも、令和5年10月7日には「2023年パレスチナ・イスラエル紛争」、本年6月13日には「イスラエル・イラン紛争」が勃発ました。

「死が空から降ってきた」とオバマ大統領(当時)は「ヒロシマ」で述べました。6年前に来広したローマ教皇・フランシスコ台下は言いました。「原子力の戦争使用は犯罪だ」と。そして昭和56年、ローマ教皇として初めて来広したヨハネ・パウロ二世台下は平和記念公園で言いました。「戦争は人間の仕業」だと。

そうした指導者の発言がありながらも、紛争がなくなることがありません。

熊野吹奏楽団は31年前の8月6日、楽団創立の年、初の演奏会を行いました。被爆50周年の年でした。熊野吹奏楽団は吹奏楽を続けることができるこの幸せを鑑み、恒久平和を願い続け、吹奏楽での平和への取り組みを実践していきます。

謹んで原爆死没者ならびにすべての戦没死没者の御霊に哀悼の誠を捧げます。

令和7年8月6日
熊野吹奏楽団

   
©熊野吹奏楽団