被爆63周年を迎えて



8月6日、広島は63回目の「ヒロシマ」の日を迎えました。
1945(昭和20)年、8月6日広島は一発の原子爆弾により「広島」から「ヒロシマ」へと変わりました。

先の大戦で熊野町は昭和19、20年の2年間で108回の警戒警報、60回の空襲警報が発令され、特に昭和20年3月8日には深夜0時50分頃、B29型機の爆撃(爆弾10個)を受け、特に大きな被害を受けました。

1945(昭和20)年8月6日、8時15分。
 …広島市中心部に1個の原子爆弾が、人類史上初めて投下。

熊野町は爆心から10km以上離れており、また四方を山に囲まれていたため、直接的な被害はありませんでしたが、爆風は熊野町まで届き、建物のガラスなどが破損したという記録が残っています。
63年もの年月が経ち、被爆者は高齢化が進み、広島で観光客や修学旅行生に被爆の証言を語る「語り部」も減少し、いわゆる「生き証人」が「生きた証言」をする機会が減っています。
21世紀に生きる私たちが「平和」を語り続けることを忘れてはならない時代になってます。

現在、核抑止力という名の下の核戦争懸念、世界各地で頻発するテロ、それに対する報復感情などさまざまな問題が浮き彫りとなっています。これは20世紀から続く、核・武力・宗教問題の課題です。

熊野吹奏楽団は吹奏楽を続けることができるこの幸せを鑑み、恒久平和を願い続け、吹奏楽での平和への取り組みを実践していきます。

謹んで、原爆死没者ならびにすべての戦没死没者の御霊に哀悼の意を捧げます。


2008年8月6日 熊野吹奏楽団

  
※熊野吹奏楽団は被爆終戦50周年の1995年に発足し、同年8月6日に旗揚げ公演として「終戦50周年記念第1回フレンドリーコンサート」を開催しています。


 (C) Kumano Symphonic Band 2000-2008